プルースト効果とは? 嗅覚を刺激する回想法で認知機能が改善
高齢者施設
香りが記憶を呼び起こす現象とは?
「視覚」「聴覚」「嗅覚」「触覚」「味覚」の5つの感覚を「五感」といいますが、これらの感覚は生きていく上で非常に重要なもので、脳と深く関係しています。この五感のひとつ、特に「嗅覚」が認知機能と密接に関わっており、嗅覚を刺激することで高齢者の認知機能の改善に役立つことがわかってきました。
香りの刺激による現象に「プルースト効果」と呼ばれるものがありますが、これは特定のニオイを嗅いだ時に、その香りにひもづく記憶が呼び起こされる現象のこと。この効果を回想法に活用することで、認知機能の改善が期待できます。
プルースト効果に代表される嗅覚と認知機能の関係と、それに着目した回想法について解説します。
なつかしい記憶がよみがえるプルースト効果
プルースト効果とは、特定の匂いによって過去の記憶や感情を鮮明に呼び起こされる現象のことです。この名称は、フランスの作家 マルセル・プルーストの著作「失われた時を求めて(À la recherche du temps perdu)」に由来します。作中で、主人公が焼き菓子のマドレーヌを紅茶に浸して食べたとき、その香りがきっかけで幼少期の記憶が一気によみがえる場面が描かれています。このエピソードがあまりにも有名であるため、嗅覚が引き金となって過去の記憶が呼び起こされる現象を「プルースト効果」と呼ぶようになりました。
「ある香りを嗅ぐことで、過去の思い出や特定の場所・出来事があざやかに呼び起こされる」というように、嗅覚が自分の意志に関わりなくなつかしい記憶を強く引き出す特性を持つのはなぜでしょうか。
香りが記憶に深く関係するのは、ニオイの情報が感情や本能をつかさどる部分と直接結びついているからです。嗅覚以外の視覚や聴覚による刺激は脳の「視床」と呼ばれる部分を通りますが、嗅覚情報は視床を通らずダイレクトに脳内で処理されます。
さらに、嗅覚情報が処理される領域は、記憶を形づくる「海馬」のすぐ近くにあります。そのため視覚や聴覚など他の感覚と比べて、香りは過去の感情や記憶を強く引き起こし、特定の香りが過去の出来事や感情と結びついて鮮明によみがえることが多いのです。
こうしたプルースト効果のメカニズムを高齢者に向けた回想法に取り入れる研究や実践が国内外の複数の大学などで進んでおり、認知症の予防や改善につながることが期待されています。
認知機能を向上させる回想法とは
回想法とはどのようなものなのでしょうか。回想法(レミニセンス・セラピー)は、主に高齢者を対象に過去の経験や思い出を振り返ることで精神的・心理的な安定を図り、認知機能やQOL(生活の質)の向上を目的とした心理療法の一つです。この方法は認知症の予防や進行抑制、うつ病の改善、社会的孤立の解消など、さまざまな効果が期待されています。
回想法では「写真」「音楽」「香り」「食べ物」など、感覚に訴えるアイテムを使って記憶を引き出すようにします。個人の過去の体験のなかで、楽しかった出来事や誇りに思うことなどポジティブな記憶を引き出し、自分を大切にする自尊心を高めていくのです。
記憶は、知識として記憶している「意味記憶」よりも、「エピソード記憶」という実体験にもとづく記憶の方が保ちやすいとされています。認知症になると、新しく経験したことを覚えているのがむずかしくなるのに対し、昔のことは比較的よく覚えているケースが多いものですが、認知症で記憶障害のある高齢者に向け、昔の体験にもとづくエピソード記憶を手がかりに回想をうながし会話を楽しむことで、心の安定や精神面の活性化につながるかもしれません。
家庭でもできる香りを活用した回想法
介護施設などでは個人やグループで回想法のセッションが行われますが、このようなアプローチは家庭でも応用できます。
●実践方法
・準備
回想法では、高齢者になじみがある古い写真や食べ物など、五感を刺激するアイテムを用意して行うのが基本です。そこに懐かしいと感じさせる香りを取り入れることで、より効果的に記憶を刺激できると考えられます。
また、過去につらい経験をしたなど避けた方がよい話題を事前に調べておくと良いでしょう。
・実践
何気ない会話からスタートし、香りをきっかけに会話をうながしてみましょう。例えば、昔からコーヒーが好きな人には豆をひくところから作業を手伝ってもらったり、農業やガーデニングの経験がある人には土のついた野菜に触れてもらうなど、一緒に香りを楽しむつもりで会話を引き出します。認知症の人は話をするなど自己表現がむずかしくなっていることも多いですが、相手の話を聞いたり写真や香りなどの手がかりから懐かしい思い出を振り返る時間を持つことで回想法を進めていきます。
その場合注意したいのが、聞き手は相手の話を否定したり訂正してはいけないという点です。無理に昔のことを思い出させないように気を配りましょう。家族が聞き手になるとどうしても意見や小言を言いたくなってしまうものですが、回想法では傾聴に徹することが大切です。
ほかにも、ポジティブな話題で話を終われるような雰囲気づくりや、会話を行う場所もポイントになります。新しい生活用品や家具のそろった部屋では本人の注意がそちらに向いてしまうことがあるので、慣れ親しんだものが多くある落ち着ける場所で行いましょう。
認知症の人は新しい記憶を保ちづらいため、家族と話していてもすぐに忘れてしまう場合も少なくありません。とはいえ、回想法の目的は話の相手や内容を覚えておくことでも、正しい記憶を引き出すことでもありません。楽しい会話を通して、安心感や自己肯定感を高めることです。
家族とおだやかに会話を楽しんだ経験は認知症の本人の心を安定させ、QOLの向上につながるといわれています。香りを活用した回想法を、日常生活でも取り入れてみてはいかがでしょうか?
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